イヌリンの市場調査レポートが売り出された、というニュースを見ました。2032年には29億1,000万ドルになるそうです。
数字そのものより、その数字がどこから来たのかが気になりました。
調べてみたら、思っていたより面白いことになっていました。
9社が、別々の数字を出しています
「世界のイヌリン市場」について、調査会社が公開ページに出している数字を並べます。すべて無料で読める範囲にあるものです。
| 調査会社 | 基準年 | 基準年の規模 | 予測 | CAGR |
|---|---|---|---|---|
| Fact.MR | 2024 | 4億3,120万ドル | 2034年 6.89億 | 4.8% |
| Grand View Research | 2024 | 18億ドル | 2030年 27億 | 6.7% |
| Cognitive Market Research | 2024 | 19億6,560万ドル | 2031年 31.56億 | 7.00% |
| Market Glass | 2024 | 36億ドル | 2030年 59億 | 8.3% |
| Global Market Insights | 2023 | 18億ドル | 2032年 30億 | 6.2% |
| Knowledge Sourcing Intelligence | 2025 | 16億9,100万ドル | 2030年 21.97億 | 5.38% |
| IMARC Group | 2025 | 19億ドル | 2034年 33億 | 6.14% |
| 360iResearch | 2025 | 19億8,000万ドル | 2032年 29.1億 | 5.66% |
| Coherent Market Insights | 2026 | 21億6,000万ドル | 2033年 33.8億 | 6.60% |
基準年がそろっていないので、まず2024年という同じ1年だけを抜き出します。4社が出しています。
4億3,120万ドル / 18億ドル / 19億6,560万ドル / 36億ドル。
いちばん小さい数字といちばん大きい数字で、約8.3倍の開きがあります。
同じ年の、同じ「世界のイヌリン市場」です。
細かいことも、いくつか
数字を集めているときに気づいたことを、いくつか書いておきます。どれも小さな話で、これだけで数字が間違っていることにはなりません。ただ、見たままを記録しておきます。
Fact.MRのプレスリリースは、見出しと本文が「689.2 million」で、要点欄だけ「689.2 billion」になっています。
Cognitive Market Researchの2031年の予測は「3156.32407 million」です。有効数字8桁です。
Knowledge Sourcing Intelligenceのページには、同じレポートについてCAGRが「5.38%」と書かれた箇所と、「2032年までのCAGRが6.4%〜7.5%」と書かれた箇所があります。
Grand View Researchのページには、「Last Updated: July 2026」と「Report updated: October 2024」が同時に載っています。
では、なぜこれだけ違うのか
公開されている情報からは、分かりませんでした。
市場規模が何倍も変わる理由は、いくつも考えられます。チコリ由来だけを数えるのか、菊芋やアガベも入れるのか。イヌリンだけか、フラクトオリゴ糖も合わせるのか。原料の出荷額なのか、それを使った最終製品の売上なのか。どれも、線の引き方ひとつで桁が動きます。
ただし、どの社がどの線を引いたのかは、書かれていません。
区分の軸までは書いてあります。原料別にチコリ・菊芋・アガベ、形態別に粉末・液体、用途別に食品飲料・サプリメント・医薬品、という具合です。書かれていないのは軸ではなく、どこまでを「イヌリン」として足したのか、その境界のほうです。
合わせるかどうかだけで、2倍動きます
これは実例があります。
IndustryARCは「Inulin And Fructooligosaccharide Market」という名前で、イヌリンとフラクトオリゴ糖を合わせた市場のレポートを売っています。2025年を33億6,000万ドルとしています。
イヌリン単独とする各社の2025年は、16億9,100万ドルから19億8,000万ドルです。
おおよそ2倍です。フラクトオリゴ糖を合わせるかどうか、その一点だけで。
そしてそのレポートの目次には「1.1 Definitions and Scope」という項目があります。中身は表示されません。定義は、買った人だけが読めます。
確かめようとすると、いくらかかるか
価格が公開されていた2本は、シングルライセンスでそれぞれ3,950ドルと4,500ドルでした。日本円でおよそ63万円と72万円です。企業内で共有できるライセンスなら1万ドル(約159万円)という提示もありました。
9本を同じくらいの価格として単純に掛けると、600万円前後になります。それだけ払って、ようやく前提を読み比べられる。
では、私が確かめられる数字は何か
市場規模は、私には検証できません。ならば、検証できる数字で代わりになるものはないか。ひとつあります。特許の出願件数です。
特許のページに書いたとおり、J-PlatPatで請求の範囲にイヌリン関連の7語を入れて検索し、重複を除くと3,071件でした。年次の推移も出せます。
この数字には、市場規模にない性質があります。無料で、誰でも、同じ条件を入れれば同じ結果にたどり着けます。私が何をしたかは全部書いてあるので、間違っていれば指摘できます。
もちろん、出願件数は市場の大きさではありません。1件の特許が何億円の事業になるかは、特許からは分かりません。代わりになる数字ではなく、別の数字です。そこは混ぜないほうがいい。
ただし、この数字にも弱点があります
自分の数字にも同じ物差しを当てておきます。
特許ページの年次グラフを見ると、2020〜2024年が667件なのに対して、2025年以降は67件しかありません。10分の1です。
これを見て「イヌリンの特許出願が急に減った」と読むと、たぶん間違えます。
日本の特許出願は、出願日から1年6か月経たないと公開されません。いま検索して出てくる2025年の出願は、まだ一部です。あと1年経てば、この棒は伸びます。
つまり、あのグラフのいちばん右端だけは、読み方が違います。自分で作った図なので、自分で書いておきます。
このサイトに市場規模を載せない理由
ここまで書いておいて何ですが、調査会社のレポートを否定したいわけではありません。
あれは前提を承知のうえで買う人の道具です。事業計画を立てる、投資判断の材料にする、社内を説得する。そういう使い方なら機能しますし、実際そのために売られています。
問題は、プレスリリースの数字だけが一人歩きすることのほうです。元の前提が見えないまま「イヌリン市場は29億ドル」という一文がニュースになり、引用され、根拠として使われていく。
このサイトは、無料で誰でも読めて、出典を必ず添える、という方針でやっています。だとすれば、自分で確かめられない数字を、事実として置くことはできません。
ですから inulin.jp には、市場規模を載せません。載せるのは、論文、特許、届出のように、読む方が自分で原本にたどり着ける数字だけにします。
更新と訂正について
上の表の数字は、すべて2026年10月15日に各社の公開ページで確認したものです。ページが更新されれば数字も変わります。お気づきの点があればお問い合わせからご指摘ください。訂正した場合は、このページに記録を残します。
なお、各社の調査手法や品質について、私は何も評価していません。公開されている数字を並べ、それらが一致していないという事実を書いただけです。
出典
- イヌリン市場:世界市場予測、2026年~2032年(360iResearch/グローバルインフォメーション)
- Inulin Market Size, Share & Trends Report, 2025-2030(Grand View Research)
- Global Inulin Market to Surpass US$ 689.2 Million by 2034(Fact.MR)
- Inulin Market Report(Cognitive Market Research)
- イヌリンの市場レポート(Market Glass/グローバルインフォメーション)
- イヌリン市場(Global Market Insights)
- イヌリン市場:将来予測 2025年~2030年(Knowledge Sourcing Intelligence/グローバルインフォメーション)
- Inulin Market Size, Trends, Report(IMARC Group)
- イヌリン市場:種類別、用途別、地域別(Coherent Market Insights/グローバルインフォメーション)
- Inulin And Fructooligosaccharide Market(IndustryARC)
次回に続きます
ところで、この記事に何度か出てきた「フラクトオリゴ糖」という言葉。
これ、「フルクトオリゴ糖」と書かれることもあります。そして特許庁のデータベースでは、この二つでヒットする文献がほとんど重なりません。消費者庁のデータベースでは、片方で検索すると0件になります。
何を数えているのかが決まっていない、という話は、億ドル単位の市場規模だけで起きているわけではないようです。次はその話を書きます。

コメント